Web Designing 2009年1月号に、Movable Type が特集されました

シックス・アパート誕生秘話(その2) ~ニフティとの契約交渉裏話~

シックス・アパートの関です。一昨日に引き続いて、シックス・アパート誕生にまつわる秘話(?)を公開いたします。今回はシックス・アパートにとって初の契約になった、TypePadのニフティ(以下敬称略)へのライセンス契約にまつわる裏話です。

実はシックス・アパート日本法人の設立日は、TypePadベースのブログサービス「ココログ」(ニフティ運営)の開始日とまったく同じです。これは、ココログのサービス開始を見届けた足で、東京・東麻布にある法務局に、日本法人の登記申請に行ったからです(登記の審査には1~2週間程度かかるのですが、登記日=設立日は、申請した日になります)。

シックス・アパート日本法人の会長である伊藤穰一(通称ジョーイ)が、自身が経営するVC(ベンチャーキャピタル)であるネオテニーを通じて、創業者のBen TrottとMena Trottの二人だけの会社だったシックス・アパートに投資したのが2003年4月(当時のプレスリリース: 米国シックス・アパート社が、新規ウェブログ・サービスの開始、ネオテニーからの投資受け入れ、新経営陣・取締役について)。その直後に、ニフティからライセンスの可能性を打診する連絡をいただき、契約交渉が始まりました。

当時はTypePadの開発意向表明をしたばかり。TypePad(英語版)ベータが始まったのが8月ですから、開発とライセンス交渉、そして日本語化が並行して進んでいたわけです。こうした活動が実り、2003年11月21日に2社で記者会見をし、12月2日のココログのサービス開始と、シックス・アパート日本法人の設立につながるわけです。


(↑↑記者会見場で撮影したビデオ。当時BenとMenaは26歳!)

難航する契約交渉、その膠着状況を打破した一言

この記者会見、実は前日(11月20日)のお昼ごろに急きょ決定したものです。その日は朝からTypePadのライセンスについての契約交渉をしていました。シックス・アパート側で交渉に臨むのは、BenとMenaの創業者ふたりとジョーイ(現会長)、そして当時ネオテニーの米国駐在員で後にCEOに就任するBarak Berkowitz、そして後に技術担当執行役員に就任する平田大治(現顧問)に私を加えた6人。それに対してニフティ側は、加藤常務(当時)を筆頭に、鈴木部長(当時。現技術理事)など10人以上の錚々(そうそう)たるメンバー。しかし交渉は平行線をたどり、午前中の時点ではその日のうちにまとまる気配がありませんでした。

そんな中、お昼前に交渉の現場に現れた古河社長(当時)が放った一言が、すべてのギアをトップに入れました。「明日は人間ドックの予定だったが、キャンセルする。記者会見をしよう」(正確な言葉は覚えていませんが、大意はこのような内容でした)。トップのしなければいけないことの第一に「決断」があると思いますが、この一言は、重要なトップの決断であったと、私の胸に深く刻み込まれました。

記者会見のために買い物に行くMena

それからの契約交渉は、途中いろいろな問題は発生したものの、双方が「明日の記者会見」というゴールを目指して、必要なところはお互いに妥協しあいながら進んでいきます。夕方には、「記者会見に出ることを想定していなかったので、記者会見に出るための服がない」ということで、ジョーイに連れられてBenとMenaが渋谷に買い物にいくという一コマもありました(そのときの感想をMenaがブログしています: Eigo?)。

最後まで契約交渉を続けていたBarakと私が、ニフティのオフィスを出たのが23時45分。外に出てみると、知らないうちに雨が降っていました。「長い1日が終わったな!」と言い合いながら、傘をさして二人でタクシーを待っていた光景は、いまでも忘れられない想い出です。


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