オートバイや自転車、釣りといった趣味の雑誌、ムックなどの出版を手がける枻(エイ)出版社。同社は、2006年、雑誌のプロモーションおよび潜在読者への情報発信を目的に、発行する媒体ごとに公式ブログを立ち上げた。各公式ブログは、ビジネス向けのブログシステム「Lekumo(ルクモ)ビジネスブログ」を用いて構築され、現在もコンテンツを更新し続けている。企業のオウンドメディアである公式ブログがどのように活用されているか、同社が手がける雑誌「flick!」の公式ブログ「flick!News」の運営について、編集長の村上琢太さんと、システム面を担当するデジタル・コミュニケーション事業部の伊瀬知孝昌さんにお話を伺った。

雑誌メディアの告知や、潜在読者への情報発信を目的に
エイ出版社は、1978年創刊の『ライダースクラブ』をはじめ、趣味をテーマにした雑誌などの出版を手がけている。「バイクから自転車、サーフィン、釣りというように、作り手の興味や関心をもとに刊行物のテーマが広がっていきました。今は年間500冊ほどの月刊誌やムックなどを発行しています。2010年に創刊した『flick!』は、デジタルガジェットやWebサービス好きの人のための雑誌で、現在は月刊の電子書籍とムックを発行しています(村上さん)」。
各雑誌の公式ブログは2006年4月に立ち上げられた。「様々な雑誌が創刊されてきたため、発行する雑誌ごとに公式ブログを立ち上げ、それらを横断的に束ねるポータルサイトを構築しました。弊社の雑誌は、ニッチなテーマのものが多かったので、全国隅々まで媒体の告知をするのが難しく、インターネットを活用して告知を図ろうというのが目的でした(伊瀬知さん)」。
その後、ポータルサイトはコーポレートサイトに統合されたものの、各雑誌の公式ブログは、媒体の告知と潜在読者への情報発信を目的に、現在も様々な形で活用されている。
ブログ草創期より「手書きのHTML」にて情報発信を始める
オウンドメディアという意味では、同社には、2006年の各ブログの立ち上げ以前にも、ブログ風の「取材日記」ともいうべきサイトが存在していた。村上さんは以下のように語る。「『flick!News』の前に、私はブログを2つ書いていました。一つは、ラジコン飛行機を扱う『RC Air World』という雑誌のブログ(RCAW編集Blog)で、もう一つは『コーラルフィッシュ』という熱帯魚の雑誌のブログ(水槽日記 on the web)です。さらに、それ以前には『RC Air World』のときに、取材日記風のサイトを書いていました。最初の記事は2003年6月で、当時は取材や出張などの様子を私が書いて、それを翌日くらいに伊瀬知さんに手書きでHTMLに組んでもらい、アップしてもらっていました(村上さん)」。
日本に本格的にブログが入ってきたのは2002年から2003年頃と言われる。その頃より、日記風の自社メディアを始めていたというのは、かなり早い取り組みだったといえる。「私が入社した1998年当時は、まだコーポレートサイトも存在していませんでした。私は、当時の上長と一緒に、会社のホームページを作ろうと提案して、コーポレートサイトと、一番歴史のある雑誌である『ライダースクラブ』のサイトを作ることになりました。ちょうど専務の根本 健が、月刊誌の巻末で『KEN'S TALK』というコラムを連載しており、それとは別に、Web向けにライトなコラムをスタートさせたところ、これが好評だったので、徐々に他の雑誌のホームページも作っていこうという機運が高まりました。
しかし、当時は、上述の通り、手書きでHTMLページを作って、コンテンツを更新していました。今後、様々なサイトを立ち上げようという中で、もう少し簡単に更新できる仕組みを導入して、コンテンツの更新頻度や、即時性を高める必要がありました。そこで、検討の結果、ブログシステムが適していることが分かり、導入することにしたのです(伊瀬知さん)」。
かくして、ブログシステムに「Lekumo(ルクモ)ビジネスブログ」が採用され、2006年4月より、各雑誌の公式ブログの運営がスタートすることになった。
「息をするようにブログを書く」編集長が語る「長続きするコツ」とは
『flick!News』に話を戻そう。現在、執筆体制は、編集長の村上さんを中心に、編集部員であれば誰でも執筆、投稿が可能だという。「私の場合は、雑誌の売上が伸びるからとか、何か本業にメリットがあるから書いているというより、ただ書きたくて書いているというのが正直なところです。そういう意味では、仕事であって仕事でないというところがあります。よく会社では『ブログばっかり書いてないで仕事しろ』と言われるのですが(笑)、発信することが仕事だという面から言えば、ブログを書くことは確かに仕事です。
ただ、誰かに強いられて書けるものではないので、そういう意味では、読者の方の反響だとか、たくさん読んでくれて、ページビューが集まったということが励みになって、書き続けるモチベーションになる人が多いのではないでしょうか(村上さん)」。
「媒体によってコンテンツ更新の温度差というのはあります。やはり、編集側の人間としては、きちんとしたコンテンツをアップしたいと思うものです。でも、読者は、雑誌を作っている現場の温度を感じたいと思うので、インフラ周りを担当している立場としては、極端な話、今日のお昼ご飯が何だったかという話でもいいので、2、3行でいいから書いて欲しいというのが正直なところです。ですから、逆説的ではあるのですが、ちゃんとしたものを書こうとすると続かないという面はあると思うのですね(伊瀬知さん)」。
ブログに掲載する情報内容は、基本的に、執筆する編集部側に委ねられている。「当初、執筆内容をチェックした方がいいのではないかという声も社内にはあったのですが、そこにフィルターをかけると、本当に読者が知りたい鮮度の高い情報が届けられないし、書く側も、上から何か言われるのではないかと考えると、萎縮して書けなくなるということで、すべて各編集部にお任せしています。また、他人の権利やプライバシーと行った、掲載するのに相応しくない情報の判断は、雑誌編集の実務を通じて身についているので、そこはあまり心配していませんでした(伊瀬知さん)」。
「書くテーマは、かける余力と興味があるかどうかで決まります。3人で作っている雑誌なので、どうしてもカバーできない情報がありますし、ブログに書きたいけど忙しくて機を逃したというネタもあります。反響が大きい記事というのは、やはり、珍しい新製品の情報や、他所が紹介していない情報ですね。最近でいえば、雰囲気メガネの記事などが反響が高かったです。ウェアラブルデバイスの一種で、電話やメール等を受信するとレンズが光ってお知らせしてくれるものですが、これは発売元に別件で取材に行ったときに親しくなっていたので、出たリリースにすぐに反応できたのですね。ウチは小さいメディアなので、大手が拾わないような情報や、他所よりも早く公開したネタのアクセスが伸びます。あとは、iPhoneの便利な使い方というようなTIPS系の記事もよく読まれます(村上さん)」。
では、日常的な更新で、Lekumoの機能等で気になるところはないだろうか。村上さんは語る。「ブログ更新のお知らせをFacebookやTwitterに投稿するのですが、この連携をうまく自動化できるツールがあるといいですね。現状の仕組みでも自動化は可能なのですが、投稿時に切り取られる写真や記事概要のテキストが、どうしても機械がやっている感があって、今はSNSには手動で投稿しています。また、ブログを更新するのと同時に投稿するだけではなくて、こちらの見てもらいたい時間帯にタイマーを設定して、投稿してくれるような選択肢があるとさらによいです(村上さん)」。
属人性の高いメディアだからこそ、書き手が前面に立つことが読者との関係強化には大事
それでは、ブログと雑誌の連携をどのように進めていきたいと考えているのだろうか。「コンテンツのシナジー効果という面では試行錯誤を続けています。『flick!』は電子書籍なので、コンテンツの中には、ブログへ誘導するナビゲーションを設置しているところがあります。雑誌の誌面にはどうしても限りがあるため、詳細情報や動画などの付加的な情報をブログ側で補おうという意図なのですが、電子書籍を読んでいて、タップしてブラウザが立ち上がると、そこで読者の方のモードが変わってしまうし、ブログを読んだあとに、ブラウザの戻るボタンで電子書籍側に戻ってくることもできません。ですから、読書体験という意味では、やはり雑誌内で情報を完結させるのがいいのかなという気もしています(村上さん)」。
最後に、企業ブログを成功させるポイントについて、村上さん聞いてみた。「ブログは書き手の属人性の高いメディアなので、個人と組織のせめぎ合いという難しい問題があります。例えば、『flick!News』は、デザインの見た目をニュースサイトのようにリニューアルしたものの、読者にニュースサイトとして認知してもらうのはなかなか難しいです。一方で、書き手の個人が前面に立っていることで、コンテンツが読まれるという側面もあります。例えば、SNSなどでは、個人名だとアクセスが多いのに企業の公式アカウントで情報を発信したとたん、読み手に宣伝だと思われてスルーされてしまうというような問題もあります。
大事なことは、企業ブログの運営の目的は、企業なりブランドに対するファン作りにあるので、書き手のキャラが出ている記事の方が好ましいということです。その意味では、キャラが立つような、何でも書ける書き手を社内で見つけることや、組織の理解があって、書き手に何でも好きにやりなさいと言えるような体制を取れるかどうかが、ポイントになってくると思います(村上さん)」。
『flick!』として発表会などに取材に行っても、メディアではなくブロガー枠で案内されてしまうこともあると語る村上さん。書き手のキャラを前面に出しながら、今後も読者との関係強化に『flick!News』が一役買っていくに違いない。
写真左からエイ出版社の村上琢太さん、伊瀬知孝昌さん
事例データ
- Lekumoビジネスブログ
- ブログを立ち上げたのは:2006年4月(『flick!News』は2010年7月)
- ブログを立ち上げた理由:雑誌メディアの告知と、ファンに向けたコミュニケーションと、潜在読者の発掘を目的として
- オウンドメディア運営のポイントは?:企業なりブランドに対するファン作りが目的なので、書き手のキャラが出ている方が好ましい。そのためには、キャラが立つような書き手を社内で見つけることや、書き手に何でも好きにやりなさいと言えるような体制づくりが大切